Blog
 

中平卓馬展・高梨豊さんと



銀座BLDギャラリーで《中平卓馬:サーキュレーション—日付、場所、行為》展が7月22日まで開催されている。
この展覧会について高梨豊さんのトーク・イベントがあって、BLDに出向いた。
高梨さんは元より、中平卓馬さんも、森山大道さんも参加していた写真集団が嘗てあったのだが、それをプロヴォーグと云う。プロヴォーグとは、Wikipediaからの引用によれば、下記の通りである。
 
『provoke』(プロヴォーク)とは、中平卓馬、高梨豊、多木浩二、岡田隆彦らによって創刊された写真同人誌。1968年11月1日創刊。
サブタイトルは「思想のための挑発的資料」。写真や写真批評だけの写真界に留まるのではなく、1960年代という政治的であり閉塞的になりつつあった思想を、写真を用いて破壊しようと考えていた。
2号から森山大道も参加。3号まで発刊されたが、総括集「まずたしからしさの世界をすてろ」で廃刊。わずか3号と総括集の出版であったが、日本の写真史に残した功績は大きい。
 
ご存知の通り当時の社会状況は、パリの5月革命、ベトナム戦争、60年代安保、東大闘争、ウッドストック、サイケデリック、フラワーチルドレン、ヒッピー等々、学生や若者達が、今の青年達と違い、怒れる若者、として社会に向かって声を挙げ行動して、当時の大人達がいろんな分野で震撼するほど強力にメッセージし、社会と関係をしていた。
そういった環境の中でプロヴォーグは結成された。中でも写真家 中平卓馬氏は、精神の奥地へ向かう論理構造を表現せんと、思想家及び評論家 多木浩二と共にプロヴォーグの土台であったと思える。
 
BLDによれば今回の個展は、中平氏が1971年に開催されたパリ青年ビエンナーレに参加、単身パリに乗り込んで「表現とは何か」を問う実験的なプロジェクトを現地で敢行。
「日付」と「場所」に限定された現実を記録し、ただちに再びそれを現実へと「循環」させるその試みを、
後に「ぼくの写真の方法論の初めての現実化であった」と総括している、とのこと。
つまり、その日に撮ったものをその日に現像、及び伸ばしをして展示をしたということですね。
 
今回は写真家 金村修さんがプリントをし、良きプリントで、時空をさえもプリントされている気がした。高梨豊さんは、もちろん著名な写真家であり、尊敬する先輩です。私が若くてヤンチャな時代、新宿2丁目のバー・ ナジャでよくお会いしたことがある。今回随分久しぶりにお会いしたが、元気そうで嬉しく思いました。昔、彼の個展で、海岸で人がポツンと座っている写真があって、そのモノクロプリントを私が購入したのを失念していたが、当日その写真をBLDで販売していた写真集で確認した。今やそのヴィンテージプリントは価値あるものだ。どこかにあるはずなんだけど、探さなくては!
 
高梨さんのトークショーで、プロヴォーグのメンバーの1人で詩人 岡田隆彦氏とのやり取りを話されていたが、1つピンときたことがあった。
写真論はスーザン・ソンターグをはじめいろんな人が著しているが、現実に実存を通して写真行為をする写真家からすれば、論理・言葉を超えたゾーンがあって、表現しにくいのだが、虚空の中の・虚・感覚というのがあって、それがシャッターを押させる・・・。
詩人というエリアもほとんど感性領域を言葉という論理性を排したいが故に、云ってみれば感性言語として表現しているのではないかと思うが、洋と西を問わず古今 詩人は写真家というエリアに多大なるジェラスを意識及び認識しているのではないだろうか、何故ならば・文字や言葉・より写真は遥かに具体として見る者を殺戮する力を持っているからだ。

“中平卓馬展・高梨豊さんと” への2件のフィードバック

  1. 西原敏弘 より:

    このトークショーの折、学生時代(東京造形大学)に典明さんが
    学内で開いた特別講義を私は聴いていたと言う事で声を掛けさせて頂いた
    西原です。もちろん当時は高梨さんにも多くの事でお世話になりました。
    加納さんが仰る所の「あの頃の僕はやんちゃでしたから・・」の様な
    講義内容でしたよ。「猥褻写真」がテーマだった記憶があります・・

    そんな私も今年は還暦を迎えるのです。加納さん、立木さん、一村さん
    共著の「春画」と言う大きくそして重い写真集がありますがこれを
    開くのが辛い歳になりました(笑
    こうした写真集を企画、そして出版してしまうあの時代は本当に
    写真界にとっても良き時代だったと思えます。
    益々のご活躍をお祈り申し上げます。

    • 加納 典明 より:

      いやいや、本当に久しぶりなことでした。声を掛けてくれて有難う。
      まぁ、文明としてはお互い人間という生命体としては衰退期を迎えんとしていますが、
      そんな文化ゴッコは気にもせず、ひたすら我が道を行きたいと考えて行動しております。
      とりあえず100までは何が何でも生きてみせ、世の中に食いついていきます。勿論、アーティストとしてですが。
      どうか帰らぬ過去など、記憶が呼べど意識外に置き、具体的な存在証明をしていきましょう。
      唯我独尊、我あるのみ。と云ったところですか・・・。

コメントを残す

MESSAGE
from Tenmei

PAGE TOP